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東京高等裁判所 平成4年(ネ)4898号 判決

控訴人(原告) 舩木元旦 外二名

被控訴人(被告) 株式会社辻板金工業所

主文

控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人舩木元旦に対し、金三八五万六六五五円及び内金二七一万七〇七八円については昭和六三年一一月三〇日から、内金一一三万九五七七円については平成四年一月二一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人は、控訴人元旦ビューティ工業株式会社に対し、金一七〇万一五一七円及びこれに対する昭和六三年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人は、舩木商事有限会社に対し、金二一万二六八九円及びこれに対する昭和六三年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

4  第2項についての仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原判決の引用

原判決事実摘示「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当審における当事者の主張の要点

1  控訴人ら

(一) 第一物件の組み付け状態

(1)  本件考案は、そもそもが屋根等として施工した場合の組み付け状態における面構造材の連結装置に関するものであるから、第一物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かの判定に当たっても、基準にされるべきは、第一物件の面構造材とカバーと捨板とを単に組み合わせただけの施工前の状態のものではなく、屋根として施工した組み付け状態のものでなくてはならない。

原判決別紙第一物件目録の記載は、単に組み合わせただけの施工前の状態のものを表示するにすぎなかったから、これに、本判決別紙第一物件目録のとおり、屋根として施工した場合の組み付け状態を示す代表的断面図として第5図を追加し、これに対応して、「二 イ号図面の簡単な説明」に、「第5図は屋根として施工した場合の組み付け状態の断面図である。」との記載を追加する。これは、原判決別紙第一物件目録記載の連結装置の理解を正確かつ容易にするためにする図面及び説明の追加にすぎず、これによって本訴の対象物件自体が変更されるものではない。

(2)  第一物件のカバー10の折込片12と折返片13とのなす角度は、単にカバー10と面構造材3とを組み合わせただけの状態(本判決別紙第一物件目録第4図)では、七度ないし一〇度程度あるが、カバー10は板厚が〇・五mm前後の金属板を屈曲形成したものであるから、屋根として施工した状態では、面構造材3が吊子等で上から下地に押さえつけられ、カバー10自体も上段の面構造材に抑えつけられて保持される結果、ほぼ平行になる(同第5図)。

被控訴人は、吊子によって屋根板(面構造材)に加えられる力は大きなものではないこと等々をいって、これを根拠に、第一物件が屋根に組み付けられたとしても、第4図の状態から第5図の状態に変形することはない旨主張するが、失当である。

第一に、この種屋根材については法規によって強度性能についての基準が設けられ、これによるときは決して小さいとはいえない力が加えられることになるのであり、第二に、第4図の状態から第5図の状態に変形するのは、後述のスプリングバックによって変形しているものが、設計された元の状態に戻るものであり、これを生じさせるにはわずかの力しか必要ではないからである。

(3)  第一物件のカバー10の折込片12と折返片13とのなす角度が、屋根として施工した状態では、ほぼ平行になるように設計され、そのように明示して販売されていることは、同物件に関する以下の各証拠によっても明らかであり、これによるときは、第一物件は、本件考案と同じ技術思想に立っていることが明らかである。

〈1〉 第一物件を製造販売していたヤマコの実用新案登録願(甲第一三号証の一)に添付された図面(甲第一三号証の三)の第2図及び第3図並びに右登録願(実願昭五九-六七八六六号)に係る実公平三-二八〇八九号公報(甲第一四号証)の第2図及び第3図において、折込片と折返片とは平行な構造とされている。

〈2〉 ヤマコが作成した設計図(乙第五五号証)においても、折込片と折返片とは平行な構造とされている。

〈3〉 ヤマコの事業を承継したサンラインの作成したカタログ(甲第一七号証)の写真においても、折込片と折返片とは平行な構造とされている。

被控訴人は、右各図面や写真に示されるものは現実に製造販売されているものとは異なる旨主張するが、現実の製品が、パンフレットの図面と異なり、しかも図面のものより優れていることを知りながら、何年間もパンフレットの図面を修正しないままに放置したなどの不自然な内容を含むものであること、設計図が乙第五五号証として提出されたのは平成三年二月一八日であるから、真に製品がこれによっていないのならその旨の説明があってしかるべきであると考えられることなどに照らすと、信頼性に乏しいものといわなければならない。

(4)  このように、第一物件の折込片12と折返片13は、両者を平行にする技術思想に基づき、そのように設計されているにもかかわらず、屋根として施工する前の単にカバー10と面構造材3とを組み合わせただけの状態(本判決別紙第一物件目録第4図)では、両者のなす角度が七度ないし一〇度程度となるのは、カバー10が板厚が〇・五mm前後の金属板を屈曲形成したものであることから、折り曲げに際し、圧力を十分かけて設計図どおりに完全に平行にするべく折り曲げたとしても、折り曲げ状態が多少戻るスプリングバック作用が働くのを避けることができないためである。

しかも、このスプリングバック作用は、同一のプレス設計図、同一のプレス成形機によって成形したものであっても、素材の厚さや物性の差によって異なるから、現に、被控訴人が使用した第一物件と同一のプレス設計図、同一のプレス成形機によって成形したもの(サンラインの製造販売したもの)についてもみられるように(甲第一八号証の別紙1、2参照)、製品毎にばらつきがでるのを避けることができない。そして、控訴人舩木が原判決別紙第一物件目録の図面作成に当たり基にしたカバーは、たまたま、もっともスプリングバック作用の大きいステンレス素材のもの(甲第一八号証の別紙測定試料のNo. 4)であり、かつ、断面図作成に用いた部位が最も形状変化の大きい部位(甲第三三号証のA-A断面図の部分)であったため、第一物件のカバー全体についての誤った印象が生まれやすくなっていたことは否定できず、この点も、第一物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かの検討に当たっては、考慮に入れるべき点といわなければならない。

(二) 本件考案における「ほぼ平行」の意義について

(1)  「ほぼ平行」が「完全な平行」を意味するものではないことは、「ほぼ」という用語の意義に照らし、明らかなことである。

そして、本件公報(甲第一号証)の考案の詳細な説明において、「折返片が折込片とほぼ平行である」ことの有する技術的意味につき、「カバーは折込片と折返片とにより差込部を構成し、折返片が折込片とほぼ平行であるから、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない。」(同号証四欄一九ないし二三行)と記載されていることからすれば、ここにいう「ほぼ平行」とは、「挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない状態を維持する程度の角度」を意味するものと理解しなければならない。

したがって、本判決別紙第一物件目録第5図によった場合はいうまでもなく、同第4図によって折込片と折返片のなす角度が七度ないし一〇度程度あるとされる場合であっても、「挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない状態を維持する」角度である限り、その角度は「ほぼ平行」として理解されるべきである。

(2)  右のような解釈の手法は、判例においても、採用されてきているところである。

例えば、東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第五六一四号・昭和四三年七月二四日民事第二九部判決(甲第一九号証)は、硬質物資粉砕装置において、粉砕物質が激突する衝突板が加速車に対して「ほぼ半径方向」を指向しているか否かの点につき、「ほぼ半径方向」の意味するところを数値によって決定する根拠はないから、結局、なぜ「ほぼ半径方向」であることを必要とするかの作用効果の面から観察し、特許発明の衝突板と同一の作用効果を有する衝突板は右特許発明の衝突板に当たると認定すべきであるとした。

本件考案の折込片と折返片のなす角度「ほぼ平行」と、第一物件の折込片12と折返片13とのなす角度との関係についても、これと同様に判断されるべきである。

(3)  特許庁において権利を認める判断の示された事例にも、例えば、〈1〉実公平三-一二〇九一号公報(甲第二〇号証の一)においては、実用新案登録請求の範囲中には「第1傾斜面9とほぼ平行であり、且つその第1傾斜面の長さ以内の第3傾斜面15」として、第1傾斜面と第3傾斜面とがほぼ平行であることが記載されているが、この公報の第6図を拡大して検討してみると、第1傾斜面と第3傾斜面とは約九・五度の角度をなしていることが分かり(同号証の二)、〈2〉特公平三-三八三七八号公報(甲第二一号証の一)においては、特許請求の範囲中には「固定片とほぼ平行に屈曲し棟軒方向の長さ寸法が固定片の同方向の長さ寸法より短い支持片」として、固定片と支持片とがほぼ平行であることが記載されているが、この公報の第4図を拡大して検討してみると、固定片81と支持片83とは約七・五度の角度をなしていることが分かり(同号証の二)、〈3〉実公平四-三〇六四号公報(甲第二二号証の一)においては、実用新案登録請求の範囲中には「化粧面とほぼ平行に外方に延長した差込縁」として、化粧面と差込縁とがほぼ平行であることが記載されているが、この公報の第5図を拡大して検討してみると、化粧面2と差込縁5とは約一一度の角度をなしていることが分かる(同号証の二)など、実用新案登録請求の範囲あるいは特許請求の範囲においては、なす角度が「ほぼ平行」とされているにもかかわらず、そこに示された図面においてはなす角度が七度ないし一一度とされているものが多数存在し、その他にも、実用新案登録請求の範囲あるいは特許請求の範囲においては、「ほぼ・・・」と記載されているにもかかわらず、図面においては、「ほぼ・・・」とはいえない状態が示されたものが多数存在する。

(4)  被控訴人は、本件考案の審査経過からその作用効果について検討した結果であるとして、「ほぼ平行」と判断しうる角度は「おおむね5度以下」である旨主張するが、右審査経過からは、どこを探しても「おおむね5度以下」の結論は出てこず、被控訴人の主張は理解不能である。

また、仮に、被控訴人のいうとおり「おおむね5度以下」が「ほぼ平行」であるとしても、控訴人らが測定したサンラインの製品八点の平均角度は約四・六度であるから(甲第一八号証の別紙1の表参照)、被控訴人の使用したものも「ほぼ平行」の要件を満たしているものといわなければならない。

(5)  そもそも、被控訴人は、原審において、第一物件が本件考案の「ほぼ平行」の要件を満たしていることは認めていたのであるから(被控訴人原審第七準備書面参照)、これを争うのは自白の撤回というべきであり、控訴人舩木はこれに異議がある。

控訴人舩木が、原判決別紙第一物件目録の作成に当たり、前述のとおり、もっともスプリングバック作用の大きいステンレス素材のカバーを基に、かつ、最も形状変化の大きい部位(甲第三三号証のA-A断面図の部分)を用い、しかも、屋根に組み付ける前の状態を図示するという一種の不手際を犯したのは、このように被控訴人が「ほぼ平行」について認めていて全く争っていなかったため、その点についての関心が薄まっていたことにも原因があるのである。

(三) 本件考案における「密接状」の意義について

(1)  「密接」は、「隙間なくぴったりとついた状態」を意味する語であるが、「状」は、「ありさま」、「ようす」を意味する語であるから、「密接状」は、「密接」及び「状」の語義からしても、「隙間なくびったりとついた状態(完全密着状態)」に限定して解すべきではなく、「隙間なくぴったりとついたようなありさま」、「隙間なくぴったりとついたようなようす」と解すべきである。

このように、「~状」は、「~」に限定されるのではなく、「若干のゆとりを残して~」、「文字どおり~ではなく」というような含み持たせたものとして理解するのが、常識となっている。

(2)  判例においては、例えば、大阪地方裁判所昭和五三年(ワ)第六六一三号・昭和五八年二月一六日判決は、「一部が開放している密閉状のケース」という文言における「密閉状」の解釈に当たり、「選穀機としての機能を営むのに必要不可欠な、しかも塵埃を殆んど排出することのない開口部を設けてあるほかは密閉されたケース」の意味に解するのが相当であると判示しているが、「密閉状」の「密閉」は文字どおり「密閉」であって開口部を有しないことであることからすれば、そこでは、「密閉状」は「若干のゆとりを残し、文字どおり密閉ではない」の意味に理解されていることになるのであり、これは、右常識の線に沿ったものということができる(甲第二三号証)。

(3)  特許庁において権利を認める判断の示された事例にも、例えば、〈1〉特公平四-二八八七一号公報(甲第二四号証)においては、特許請求の範囲中には「梯形状」の文字が記載されているが、この「梯形状」を示すものとされる第4図の符号10の部分をみれば、左右の傾斜面の角度は著しく相違しており、厳密な意味で「梯形」と認めることはできないものとなっており、〈2〉特公平三-五八〇一九号公報(甲第二五号証)においては、特許請求の範囲中には「コ字状溝」の文字が記載されているが、この「コ字状溝」を示すものとされる第2図、第3図、第5ないし7図の符号各2aの部分をみれば、厳密な意味では「コ字状溝」ではなく、むしろ「横向きU字状」と表現する方がふさわしいものとなっており、〈3〉特公昭六三-四六八二九号公報(甲第二六号証)においては、特許請求の範囲中には「N字状断面」の文字が記載されているが、この「N字状断面」を示すものとされる、第4図(a)及び第6図(a)(b)の、ボード8並びに前端に形成した下向きの低い突起8a及び後端に形成した低い突起部8aとにより形成される形状をみれば、N字を横に一〇倍以上の伸ばした形状であり、N字にはほど遠いものとなっており、〈4〉実公平二-二四八二八号公報(甲第二七号証)においては、実用新案登録請求の範囲中には「コの字状に折り返して」、「階段状」の文字が記載されているが、それぞれこの「コの字状に折り返して」、「階段状」を示すものとされる、第2図の符号3の部分、第2・3図の符号4-1と4-2の部分をみれば、いずれも、厳密な「コの字」、「階段」の形は示しておらず、〈5〉実公平三-四六〇八七号公報(甲第二八号証)においては、実用新案登録請求の範囲中には「U字状部」の文字が記載されているが、この「U字状部」を示すものとされる、第1図、第2図の符号各3aの部分をみれば、上面が開放する四角枠であるから、むしろ「上向きコの字状」と表現すべきものとなっており、〈6〉実公昭五九-一九〇五三号公報(甲第二九号証)においては、実用新案登録請求の範囲中には「ヘ字状の吊子」の文字が記載されているが、この「ヘ字状の吊子」を示すものとされる、第9図の符号11をみれば、厳密にいえば「ヘ字状」でないものが示されているなど、明細書中の文言としては「~状」とされているにもかかわらず、そこに示された図面においては、「~」の形状にはほど遠く、「文字どおり~ではない」ものが「~状」のものとして示されているものが多数存在する。

(4)  また、本件考案における折返片と捨板の平坦状部分との「密接状」は、実用新案登録請求の範囲の記載からも明らかなように、折込片と折返片が「ほぼ平行」であるという構成から派生するものであり、「密接状」と「ほぼ平行」という二つの構成要件は、不可分一体の関係にあって、それぞれ分離して判断することはできないものであり、かつ、前述のとおり、折込片と折返片は「ほぼ平行」であって「完全な平行」ではなく、「挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない状態を維持する程度の角度」をなすとき、両者は「ほぼ平行」というべきであるから、折込片と折返片がこのような状態にあるときの折返片と捨板の平坦状部分とは、多少の隙間が存在しても、「密接状」にあるものといわなければならない。

本件考案の「密接状」が完全密着状態を意味するとするならば、折込片と折返片は「ほぼ平行」ではなく、常に「完全な平行」でなければならないことになるはずである。なぜなら、この種の横葺き屋根板の連結構造の断面は、下地面に対して水平であるから(甲第一号証の第4図、甲第一三号証の三、第一四号証の第3図、別紙第一物件目録第4図、第5図参照)、もし、折込片と折返片が「完全な平行」であれば、捨板の平坦状部分と折返片とが隙間なくぴったりとした完全な密接状態となるであろうが、折込片と折返片が「ほぼ平行」であって多少の角度差があれば、捨板の平坦状部分と折返片とが、右完全な密接状態となることはありえないからである。

以上のとおり、本件考案における「密接状」も、「文字どおりの密接ではなく」、「若干のゆとりを残して密接」を意味するものと解釈するのが相当であるといわなければならない。

(5)  被控訴人は、「密接状」の構成要件につき、その作用効果と関連づけて、「隙間なくぴったりとくっついた状態」を意味すると主張する。

しかし、「密接状」をこのような意味に理解したのでは、折込片と折返片が「ほぼ平行」であることとの間に矛盾が生じ、「ほぼ平行」を「完全な平行」と理解しない限り、本件考案の実用新案登録請求の範囲の解釈が不可能になることは、既に述べたとおりであり、被控訴人も「ほぼ平行」を「完全な平行」と理解すべきことまで主張しているわけではないから、被控訴人の右主張は論理的に誤ったものというべきである。

(四) 被控訴人のその余の主張ついて

(1)  被控訴人は、第一物件はサンライン出願に係る考案(サンライン考案)の実施品であると主張するが、控訴人らは、サンライン考案は進歩性に欠けるものであると考えており、無効審判の請求をすべく準備中である。

仮に、進歩性が認められるとしても、それは、サンライン考案に登録要件が認められるというだけのことであり、それが本件考案の技術的範囲に属するか否かとは無関係である。サンライン考案の進歩性の根拠とされた構成要件は、本件考案との関係において単なる付加物であり、サンライン考案は本件考案を利用したいわゆる利用発明にすぎない。

(2)  被控訴人は、また、控訴人元旦ビューティ工業株式会社が本訴における控訴人ら補佐人弁理士を代理人として申し立てた、サンライン考案についての異議申立事件において、本件考案との同一性を主張していないことなどを理由に、控訴人舩木は、本件考案と第一物件とは異別のものと認めている旨主張する。

しかし、考案の新規性は、公知技術と同一であるか否か、考案の進歩性は、公知技術から容易に考案することができるか否かの問題であるのに対し、考案の技術的範囲は明細書中の実用新案請求の範囲の記載に基づいて判断するものであって、これらは全く別次元の問題であることを忘れた議論といわなければならない。また、控訴人元旦ビューティ工業株式会社は、異議申立理由補充書で分説したサンライン考案の構成要件A、B、C、Dのうち少なくともA、B、Dの構成が本件考案の原出願において公開されていることを主張しているのであるから、同控訴人が本件考案との同一性につき全く述べていないとする被控訴人の主張は、失当である。

(3)  被控訴人は、本件考案の技術的範囲につき、限定して解すべきものと主張するが、第一物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かは、本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載された構成要件に基づいて判断すべきことである。被控訴人主張のように限定すべき理由は全く存在しない。

2  被控訴人

(一) 第一物件の組み付け状態について

(1)  控訴人舩木は、本判決別紙第一物件目録第5図は、第一物件を屋根として施工した場合の組み付け状態を示す代表的断面図であるというが、仮に、第一物件の状態が施工前後で相違するとしても、施工後の状態は、第一物件に更に加工修正を加えたものなのであるから、第一物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かの判断は、本件考案の構成と第一物件とを端的に比較してなされるべきであることは自明のことであって、第5図の形態のように、第一物件が使用される際に生ずる形態の一例にすぎないものをとらえ、それを比較の対象にしようとする同控訴人の主張は、基本的な誤りを犯すものといわなければならない。

したがって、第5図は、この点からして既に本訴には関係のないものというべきである。

(2)  吊子は、語義どおり、屋根板が軒側にずり落ちることのないように、上方から屋根板(本件考案における面構造材)を握持し、併せて、強風による屋根板の浮き上がりを押さえるにすぎないものであって、屋根板を下地に押さえ付けるものではなく、上段の屋根板と下段の屋根板とは、単に係子部が嵌合しているだけであるため、上下の屋根板を連結したからといって、カバーが強く押さえ付けられ変形するほどの力が加わることはないから、第一物件を屋根として組み付けたとしても、これに対し、同目録第4図の状態から第5図の状態に変形するほどの力は作用しないのが普通である。

したがって、第一物件を屋根として組み付けたとしても、それが第5図のようになる必然性はなく、そのようになるとは限らない。

第5図を根拠とする控訴人舩木の主張は、この点からも失当といわなければならない。

(3)  被控訴人は、原審において、当初から、被控訴人が使用した屋根板連結装置には本件考案にいう「横向き差込部」が存在しないことを主張して、請求の原因を争ってきたのであるから、「ほぼ平行」もこれとの関係で当然の争点となっていたのである。

したがって、折込片と折返片との「ほぼ平行」の関係につき、被控訴人が原審で全く争っていなかったとする控訴人舩木の主張は、失当である。

(二) 本件考案における「ほぼ平行」の意義について

(1)  控訴人舩木は、本件考案の願書添付の明細書の考案の詳細な説明中の「ほぼ平行」の作用効果の記載を根拠に、「挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない状態を維持する程度の角度」であれば、「ほぼ平行」と認めるべきであると主張する。

しかし、本件考案は、「左右に並ぶ面構造材の継目部分を極めて簡単に施工することができ、しかも継目部分から染み込む雨水を確実に下側に位置する面構造材の表面に排出する」(甲第一号証一欄二四行ないし2欄1行)との目的を達成するための考案であるから、まずもって、右目的を達成することのできる技術の構成を特定することが必要であり、「目的の達成に適した程度の技術」として作用効果から構成を推測する控訴人舩木主張の方法は、本末転倒の議論といわなければならない。

(2)  被控訴人は、本訴において重要なのは、被控訴人が使用した屋根板連結装置に本件考案にいう「横向き差込部」が存在するか否かであり、「ほぼ平行」の具体化を論ずるのは意味のないことであると考えるが、あえてこの点について述べるならば、差込部に挿入される面構造材側縁の支持の安定性、カバーと面構造材側縁との密着性、面構造材の表面を伝わる雨水の流出性、施工完成状態における捨板に対するカバーの確実な支持性、等々を考慮すると、折込片と折返片とがなす角度がおおむね五度を超えるものは「ほぼ平行」とはいえないことになると思われる。

(3)  控訴人舩木は、判例や刊行物を引用して「ほぼ平行」の意味を明らかにしようとするが、これらは、いずれも、技術分野が対象物が本訴のものとは異なるものであるから、本訴には当てはまらず、これらによって得られるのは、ある技術を特定するには、作用効果の点からも観察することが必要であるという点に尽きる。

そして、「ほぼ平行」の作用効果に着目するときは、第一物件がこの要件を満たさないことになることは、被控訴人が原審以来強調してきているところなのである。

(三) 本件考案における「密接状」の意義について

(1)  「密接状」は、言語概念からいえば、「密接状態」のことであるから、「隙間なくぴったりとくっついた状態」を意味する。

「密接状」であることにより、「施工完成状態においてカバーが捨板を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない」(甲第一号証四欄二八ないし二九行)、「どのような状態で雨水が面構造材の継目部分に入り込んでも確実に下側の面構造材の表面に流れ出ることになって、天井裏に染み出ることがなく、著しく雨仕舞が良好である。」(同四欄三〇ないし三三行)という作用効果が奏される点から考えても、「密接状」は、「隙間なくぴったりとくっついた状態」でなければならず、「そのように見えるありさま」とか「そのようなようす」では足りないというべきである。「そのように見えるありさま」とか「そのようなようす」では右作用効果を奏することができないからである。

(3)  控訴人舩木は、「密接状」についても、「ほぼ平行」についてと同じく、判例や刊行物を引用してその意義を明らかにしようとするが、これらによって控訴人舩木の解釈が裏付けられるものではないことは、「ほぼ平行」の場合と同じである。

(四) 実用新案登録願、設計図及びカタログに記載された図面と現実の物件とのずれについて

ヤマコの実用新案登録願(甲第一三号証の一)に添付された図面(甲第一三号証の三)、ヤマコの作成した設計図(乙第五五号証)及びサンラインのカタログ(甲第一七号証)において、折込片と折返片が「ほぼ平行」になり、「折返片が捨板の平坦状部分に密接状になっている」ことは認める。

しかし、これらの図面に示される形状と、ヤマコあるいはサンライン(サンラインは、昭和六一年一月一〇日、第一物件についての製造販売事業一切をヤマコから引き継いだ。以下、両者をまとめて「サンライン」ということがある。)が現実に製造販売し、被控訴人が使用した物件(第一物件)の形状とは、相違する。

(1)  ヤマコは、右設計図どおりに製造することを企図し、設計完成と同時であり、したがって製造の実施以前である昭和五九年五月一一日、この考案(以下「サンライン考案」という。)につき、考案の名称を「長尺板の継手」として実用新案登録出願(サンライン出願、実願五九-六七八六六号、甲第一三号証の一)をした。

右出願の実用新案登録請求の範囲は、「板の両側が内方向に折り返されて天井面を形成し、天井面と間隔を有して平行に逆の外方向に折り返されて底面を形成し、さらにその先端が天井面に当接するように斜め上方でしかも内方向に折曲して圧着面を形成して成り、さらにこの上下方向には、接続対象の長尺板の上下の折曲部に対応した折曲部をそれぞれ有している長尺板の継手。」(甲第一三号証の二)というものであって、その中心は圧着面にあり、天井面(折込片)及び底面(折返片)は、技術的手段としては、圧着面に至る経過点にすぎないものであった。

(2)  ヤマコが昭和五九年一〇月ころ製品の試作をしたところ、カバーの底面(折返片)が、意図したような「天井面(折込片)と平行」にならず、また平面にもならなかった。

この原因は、加工の最終工程で形状を整えるためにプレスで上下から圧力を加えるに当たり、カバーの幅全面に加圧すると「天井面に当接するように斜め上方でしかも内方向に折曲して圧着面を形成・・・」する部分が潰れてしまう一方、「天井面と間隔を有して平行に逆の外方向に折り返されて底面を形成・・・」する部分が跳ね返りによって所定の半円形にならなかったことにある。

そこで、プレス型を改良して、その下側受け台の幅をカバー幅の五分の三程度にして、中央寄りの天井面から底面に至る反転部のみ加圧するようにしたところ、左右の底面にすれすれほぼ中央で折れ曲がり、別紙第一物件目録第4図のような形状になった。

そして、この形状の方が、当初設計した形状よりも水はけの性能が良好であることが判明したため、これを採用することになった。

(3)  このようないきさつにより、サンラインの現実に製造販売している製品は、前記設計図や実用新案登録願に記載されたものとは、形状が異なることになったものであり、カタログ(甲第一七号証)は、右設計図に基づき外注先で作成したため、設計図に照応する形となっている。

右カタログの修正をしなかったのは、屋根業界においては図面と製品との右程度の差異は格別問題とされず、費用の点もあったことからであり、それ以上の意味はない。

(五) サンライン考案の進歩性について

(1)  前述のサンライン出願に対し、平成二年一〇月九日付けで、実開昭四九-八一五二二号公報(甲第一三号証の五)を引用例として、拒絶理由が通知されたので(同号証の四)、サンラインが、同年一二月二五日付け意見書(甲第一三号証の六)により、右引用例のものは、連結具と屋根板が線接触であるため、補強材による固定が必要であること、連結具の浮き上がりにより雨水が進入しやすく、そのために予備樋が必要であること等の欠点があるのに対し、サンライン考案は、長尺板(屋根板)の接続を継手(連絡具)の天井面と圧着面とにより行う、面による挟持であり、長尺板と継手との接続は面接触による強固なものとなっていること、継手には、周囲を閉ざされた空間が形成されているので、雨水の進入にも対応でき、予備樋の必要がないことを強調して、再審査を求めたところ、これが認められ、平成三年六月一八日付けで出願公告された(実公平三-二八〇八九号、甲第一四号証)。

控訴人元旦ビューティ工業株式会社は本訴における控訴人ら補佐人弁理士を代理人として、右公告に対し、平成三年八月一日付けで登録異議の申立て(甲第一五号証の一)をし、同年一〇月一六日付け登録異議申立理由補充書(甲第一五号証の二)を提出し、八つの公知刊行物を挙げたうえ、サンライン考案が採用している、弾性力を高めるために底面の先端を天井面に当接する程度にまで折曲させて所定の圧着面とする構成は、当業者にとって自明の程度のことであり、サンライン考案は、右刊行物の考案の効果の総和以上の格別の効果を発揮するものではないとして、拒絶査定されるべきであると主張した。

特許庁は、平成五年一一月二五日、「この登録異議の申立は、理由がないものと決定する」との結論を出した(乙第七三号証)。その理由は「底面の先端が天井面に当接するように斜め上方でしかも内方向に折曲して圧着面を形成する点」は前記各刊行物には記載がなく、この特徴によりサンライン考案はその作用効果が生ずるものと認められる、というものである。

(2)  第一物件はサンライン考案の実施品であるから、右考案につきこのような判断がなされるに至ったことにより、第一物件が本件考案の技術的範囲に属さないものであることが、より明白になったというべきである。

控訴人舩木は、サンライン考案はせいぜい本件考案に付加物を加えたものにすぎず、本件考案を利用したいわゆる利用発明である旨主張するが、サンライン考案においては、圧着片は、これがなければ継手(カバー)として屋根板(面構造材)を挟持する作用効果を奏さず、「底面の先端が天井面に当接するように斜め上方でしかも内方向に折曲して圧着面を形成する」部分は、本件考案の、折込片とそれにほぼ平行の折返片により形成される横方向に開口する差込部も、カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になっていることも、いずれも利用するものではないから、その失当なことは明らかである。

(3)  控訴人元旦ビューティ工業株式会社が前記異議申立てにおいてとった態度からみて、第一物件が本件考案の技術的範囲に属さないことは、控訴人舩木も認めていると考えられる。

すなわち、右異議申立て理由においては、サンライン考案が本件考案と同一であるとの理由は全く述べられていない。もし、第一物件が本件考案の技術的範囲に属すると考えていたのなら、当然これを主張したはずである。また、サンライン考案は前記八つの公知刊行物によりきわめて容易に考案することができると主張されている。この主張は、サンライン考案には当てはまっても本件考案には当てはまらないことを前提とするものであるから、サンライン考案と本件考案とは別異のものであることを認めるものといわなければならない。

(六) 本件考案の技術的範囲について

被控訴人が原審で主張したとおり、本件考案が原出願からの分割出願であること、前後五度にわたる補正を経て出願公告されたものであることなどに照らすと、本件考案の技術的範囲は、その射程距離はごく短いものと解するのが相当であり、このように解するのが、補正の条件を厳しくするなど特許・実用新案制度についても大幅な改正を加えた平成五年法律第二六号の趣旨にもよく合致する。

このような見地からすれば、第一物件が本件考案の技術的範囲に属さないことは、いよいよ明らかというべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

第一控訴人舩木の本件実用新案権に基づく請求について

一  請求の原因1(一)及び(二)は、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない本件考案の構成要件Dの示すところによれば、本件考案においては、カバーに折込片と折返片とが設けられ、これら二つの片により横方向に開口する差込部が形成され、この折込片と折返片とは「ほぼ平行」であることが、必須の要件とされている。

これに対し、第一物件においては、本判決別紙第一物件目録の第4図によっても第5図によっても、カバーに折込片12と折返片13が設けられる点、カバーに横方向に開口する差込部が形成される点においては、本件考案におけると相違はないが、横方向に開口する差込部14は、右二つの片のみによって形成されるのではなく、これらと、折返片13の先端を更に折込片12に当接するように斜め上方でしかも内方向に折曲して設けられた片(以下「圧着片」あるいは「圧着片15」という。)とにより形成され、直接外部と接する部分(以下「開口部分」という。)は、圧着片15の全部と折込片12のうち圧着片15が当接する場所よりも外部の部分とにより形成されており、折返片13の全部と折込片12のうち圧着片15が当接する場所よりも内部の部分は、外部にさらされず、右折返片13の全部、折込片12の一部及び圧着片15に囲まれた閉鎖状態の空間が形成される構造になっていることが認められる。

二  横方向に開口する差込部の構成につき本件考案と第一物件との間に認められる右相違は、差込部に挿入される面構造材と側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないとの課題、及び、面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでくる雨水に対する処理をいかにするかの課題をどのように解決するかについての、両者の発想が異なることに由来するものと認められる。

1  成立に争いのない甲第一号証によれば、本件公報の考案の詳細な説明の項には、本件考案が右要件をその構成に採用したことの有する技術的意義につき、「カバーは折込片と折返片とにより差込部を構成し、折返片が折込片とほぼ平行であるから、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない。そして、雨水が面構造材の表面を伝わつてカバーの内側に染み込んでも、カバーの差込部内や折返片を流れ出ることになる。しかも、カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になつているので、施工完成状態においてカバーが捨板を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない。したがつてどのような状態で雨水が面構造材の継目部分に入り込んでも確実に下側の面構造材の表面に流れ出ることになつて天井裏に染み出ることがなく、著しく雨仕舞が良好である。」(甲第一号証四欄一九ないし三三行)と記載されていることが認められ、これによるときは、本件考案の差込部は、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがなく、カバーも面構造材から外れないとの課題、及び、面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでくる雨水に対する処理をいかにするかの課題を、折返片が折込片とほぼ平行であること、及び、折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になっていることを利用して実現しようとの技術思想に基づくものと認められる。

このことは、本件考案が登録される経緯によっても裏付けられるところである。

すなわち、前掲甲第一号証、成立に争いのない乙第二八号証、いずれも原本の存在・成立に争いのない乙第一ないし第三号証の各一、二、第六号証の一、二、第七ないし第一三号証、第三六、第三七号証の各一、二、第三八、第三九号証、第四〇号証の一、二、第四一ないし第四七号証、第四八号証の一ないし一七、第四九号証の一ないし一一、第五〇ないし第五四号証によれば、本件考案が登録される経緯は以下のようなものであったと認められ、この経緯によれば、本件考案につき登録が認められたのは、折返片と折込片とが「ほぼ平行」であること、及び、折返片と捨板の平坦状部分とが「密接状」になっていることが構成要件として明示され、かつ、これらの構成要件によって解決される課題として前記のものがあることが明示されることによってであり、これらが明示されるまでは、公知の考案からきわめて容易に考案できるものとして拒絶すべきものとされ続けていたものと認めることができるのである。

(一) 本件実用新案権は、実願昭五五-一一二六〇三号出願を原出願とする分割出願(実願昭六〇-二九六五七号)に係る権利である。

原出願は、昭和五五年八月一一日、考案の名称を「面構造材の連結構造」とし、実用新案登録請求の範囲を、「上縁に係合部、下縁に係止部を有する面構造材の継目部分に取付けられる捨板の上端及び下端には上記面構造材の上縁係合部及び下縁係止部が嵌合される嵌合部を夫々形成し、該捨板の略中央表面には、外表面の左右から内向きに折り込まれる両折込片にU字型に折り返して差込部を形成し該差込部の奥部にコーキング材を充填したカバーを位置させ、隣り合わせて敷設される左右一対の面構造材の上縁係合部及び下縁係止部を上記捨板の嵌合部に嵌合させると共に面構造材の端縁を上記カバーの差込部に差し込ませるようにしたことを特徴とする面構造材の連結構造。」として、出願されたが(乙第六号証の一、二)、昭和五九年五月九日付け拒絶理由通知書(乙第七号証)により、実開昭五五-五五五二七号公報(乙第二八号証)及び実開昭四九-九七九二〇号公報(乙第一号証の一、二の公開公報)を引用例として、これらに記載された考案に基づいてきわめて容易に考案できるとの拒絶理由が通知された。

控訴人舩木は、これに対し、昭和五九年七月三〇日付け意見書(乙第八号証)を提出するとともに、同日付け手続補正書(乙第九号証)により、実用新案登録請求の範囲を、「上縁に係合部、下縁に係止部を有する面構造材の継目部分に取付けられる捨板のほぼ中央には左右に溝状の空間部を有する支持部を設け、該捨板のほぼ中央表面には外表面の左右から内向きに折り込まれる両折込片に差込部を形成したカバーを位置させるとともに、各差込部を捨板の支持部に設けた溝状の空間部に嵌め付け、隣合せて敷設される左右一対の面構造材の上側縁を上記カバーの差込部に差込ませるようにしたことを特徴とする面構造材の連結構造。」とするなどの補正をしたが、昭和五九年一一月二二日付け拒絶理由通知書(乙第一〇号証)で、実用新案登録請求の範囲の、「面構造材の継目部分」、「捨板のほぼ中央には左右に溝状の空間部を有する支持部」、「面構造材の上端縁」の記載の意味が不明瞭であるとの拒絶理由が通知された。

(二) 控訴人舩木は、これに対し、昭和六〇年三月四日付け意見書(乙第一一号証)を提出するとともに、同日付け手続補正書(乙第一二号証)により、原出願の実用新案登録請求の範囲を補正し、同時に、同日付け願書(乙第三六号証の一)で、考案の名称を「面構造材の連結装置」とし、実用新案登録請求の範囲を「上縁に係合部、下縁に係止部を有する面構造材を左右に並べたときに形成する継目部分の裏面に添設する捨板と、上記捨板の表面に位置して裏面には面構造材の側縁を挿入することができる差込部を形成したカバーとからなる面構造材の連結装置。」とする出願を、原出願の分割出願として行った(本件出願、実願昭六〇-二九六五七号)。

(三) 控訴人舩木は、本件出願につき、昭和六〇年四月一日付け手続補正書(乙第三七号証の一、二)により、実用新案登録請求の範囲を「上縁に係合部、下縁に係止部を有する面構造材を左右に並べたときに形成する継目部分の裏面に添設する捨板と、上記捨板の表面に位置して裏面には面構造材の側縁を挿入することができる横方向に開口した差込部を形成したカバーとからなる面構造材の連結装置。」とするなどの補正をしたが、昭和六〇年一一月一五日付け拒絶理由通知書(乙第三八号証)により、本件出願は、実開昭五七-三八〇二四号公報(原出願の公開公報)に記載された原出願と実質的に同一であるため、分割を認めず、昭和六〇年三月四日の出願のものとして扱うとされ、また、イ.実願昭五三-二〇〇四号(実開昭五四-一〇六六一五号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(乙第二号証の一、二)、ロ.実開昭四九-九七九二〇号公報(乙第一号証の一、二の公開公報)に記載された考案に基づいてきわめて容易に考案することができたものとされた。

(四) 控訴人舩木は、これに対し、昭和六一年三月一五日付け意見書(乙第三九号証)を提出するとともに、同日付け手続補正書(乙第四〇号証の一、二)により、実用新案登録請求の範囲を、「左右に並ぶ面構造材の継目部分の裏面に捨板を添設し、該継目部分の表面にカバーを被着するようにした面構造材の連結装置において、上記面構造材には上縁に係合部を、下縁に係止部を設け、捨板には中央の平坦状部分の左右側部に水返部を形成するとともに下縁には面構造材の係止部内に嵌入する嵌入部を設け、カバーには左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片と、該折込片の先端から更に裏面側に折り返した折返片とにより横方向に開口する差込部を左右に形成するとともに下縁には面構造材の係止部の外面に被着する嵌合部を設け、面構造材の継目部分の裏面にカバーを添設した状態で捨板の嵌入部が面構造材の係止部内に嵌入され、又カバーの各差込部内には各面構造材の側縁が挿入されてカバーの嵌合部が面構造材の係止部の外面に被着され、カバーの折返片が捨板の表面に載置されている面構造材の連結装置。」とするなどの補正をしたが、昭和六一年五月一四日付けで、拒絶査定がなされ(乙第四一号証)、前記昭和六〇年一一月一五日付け拒絶理由通知書記載の引例イ、ロからきわめて容易に考案できるとの理由によって拒絶すべきものとされた。

右拒絶査定には、「備考」として、「上記理由に示した引例イのものはキャップ(本願のカバーに相当)に折返片が形成されていないが、カバーに折返片による差込部を形成して面構造材を連結することは引例ロに示されており、本願考案は引例ロの技術を引例イのキャップに応用することにより当業者がきわめて容易に考案できたものと認める。・・・」と記載されている。

この引例ロの考案(乙第一号証の一、二)は、その実用新案登録請求の範囲の「多数の屋根板と、屋根板を連結する屋根板連結具とを有し、上記屋根板連結具は、屋根板側縁において、該屋根板側縁を嵌挿着する様両側を開口せしめると共に、両開口部の上部と下部とを側方に延出せしめ、又下部には上部と近接する様押し上げ部を形成し、而して上記上部と下部の押し上げ部とが互いに近接して弾性挟持力を有する様構成し」との記載と図面に示されているように、屋根板連結具(本件考案のカバーに相当)には、裏面側の重合するように折り返し状にした上部(同折込片)と、この先端から更に裏面側に折り返した下部(同折返片)とにより横方向に開口する開口部(同差込部)が形成され、屋根板(同面構造材)の側縁が挿入されるようになっており、この下部には、断面波状の押し上げ部が形成されていることが図示されていることが認められるから、これによれば、引例ロの屋根板連結具は、「上記上部と下部の押し上げ部とが互いに近接して弾性挟持力を有する様構成」した点に特徴を有するものと認められる。

(五) 控訴人舩木は、これに対して、昭和六一年七月一七日、不服の審判を請求し(乙第四二号証)、同年八月一五日、審判請求理由補充書(乙第四三号証)を提出して、右引例ロとの相違点の一つとして、「引用例ロの連結具の下部は断面波状で、本考案のように折込片と折返片とがほぼ平行になっていない。」と主張するとともに、手続補正書(乙第四四号証)により、実用新案登録請求の範囲を、「左右に並ぶ面構造材の継目部分の裏面に捨板を添設し、該継目部分の表面にカバーを被着するようにした面構造材の連結装置において、上記面構造材には上縁に係合部を、下縁に係止部を設け、捨板には表面に平坦状部分を形成するとともに下縁には面構造材の係止部内に嵌入する嵌入部を設け、カバーには左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片と、該折込片の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片とほぼ平行にした折返片とにより横方向に開口する差込部を左右に形成するとともに下縁には面構造材の係止部の外面に被着する嵌合部を設け、面構造材の継目部分の裏面に捨板を添設してカバーを被着した状態で捨板の嵌入部が面構造材の係止部内に嵌入され、カバーの各差込部内には各面構造材の側縁が挿入されてカバーの嵌合部が面構造材の係止部の外面に被着され、カバーの折返片が捨板の平坦状部分に密接状になっている面構造材の連結装置。」とするなどの補正をしたが、昭和六二年五月二六日付け拒絶理由通知書(乙第四五号証)で、「カバーの折返片を捨板に密着させたことによる効果が不明瞭である。」点で明細書及び図面の記載が不備であるとの拒絶理由が通知された。

(六) 控訴人舩木は、これに対し、右同日付け手続補正書(乙第四六号証)により、明細書の考案の詳細な説明中の、それ以前、昭和六一年八月一五日付け手続補正書(乙第四四号証)により、「又、カバーは折込片と折返片とにより差込部を構成し、折返片が折込片とほぼ平行であるから、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない。そして、雨水が面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでも、カバーの差込部内や折返片を流れて外壁や屋根を傾斜方向に流下し、面構造材の係止部内から下側に位置する面構造材の表面に流れ出ることになる。しかも、仮に雨水がカバーの内側に流れ込んで折返片の裏側にまで達しても、折返片と捨板の平坦状部分との密接状部分を毛細管現象により傾斜方向に流下して面構造材の係止部内から下側に位置する面構造材の表面に流れ出ることになる。」と補正されていた部分を、最終的に、「又、カバーは折込片と折返片とにより差込部を構成し、折返片が折込片とほぼ平行であるから、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない。そして、雨水が面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでも、カバーの差込部内や折返片を流れ出ることになる。しかも、カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になっているので、施工完成状態においてカバーが捨板を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない。」と補正した。

(七) 昭和六二年六月一日、この最後の補正による明細書及び図面に基づき、出願公告の決定がなされ(乙第四七号証)、本件考案は、昭和六二年九月二八日、実公昭六二-三七八六四号として公告されるに至った(甲第一号証)。

(八) 右出願公告後、株式会社カナメ及び大同鋼板株式会社から登録異議の申立てがなされた(乙第四八号証の一ないし一七、第四九号証の一ないし一一)が、昭和六三年八月一八日、いずれについても、申立ては理由がないとされ(乙第五二、五三号証)、登録査定がなされた(乙第五四号証)。

2  このように、本件考案は、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがなく、カバーも面構造材から外れないとの課題、及び、面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでくる雨水に対する処理をいかにするかの課題を解決するために、前示引例ロに示された折込片と折返片の押し上げ部とが互いに近接して弾性挟持力を有するようにした構成を採用せず、前示のとおり、折返片が折込片と「ほぼ平行」であること、及び、折返片と捨板の平坦状部分とが「密接状」になっていることを利用して実現しようとの技術思想に基づき、これを必須の構成要件として規定したのに対し、右の課題を解決するについての第一物件の技術思想及びその構成は、本件考案のものと異なることが明らかである。

すなわち、前認定のとおり、第一物件においては、カバーに折込片12と折返片13が設けられる点、カバーに横方向に開口する差込部が形成される点においては、本件考案におけると相違はないが、横方向に開口する差込部14は、右二つの片のみによって形成されるのではなく、これらと、折返片13の先端を更に折込片12に当接するように斜め上方でしかも内方向に折曲して設けられた圧着片15とにより形成され、差込部14の直接外部と接する開口部分は、圧着片15の全部と折込片12のうち圧着片15が当接する場所よりも外側の部分とにより形成されており、折返片13の全部と折込片12のうち圧着片15が当接する場所よりも内側の部分は、外部にさらされず、右折返片13の全部、折込片12の一部及び圧着片15に囲まれた閉鎖状態の空間が形成される構造になっているのであり、これによれば、第一物件において、前記課題の解決方法として考えられているのが、折込片12と圧着片15とによる素材の弾性挟持力を利用しての面構造材の安定した挟持、及び、折返片13の全部、折込片12の一部及び圧着片15に囲まれた閉鎖状態の空間の形成による雨水の侵入の防止であることは、明らかであるといわなければならない。

そうすると、第一物件の構成は、前示引例ロに示された折込片と折返片との弾性挟持力により面構造材を安定して挟持するとの技術思想に基づき、これを発展させた構成というべきであり、したがって、この技術思想を採用しないことを明示して、「折返片とほぼ平行にした折込片とにより横方向に開口する差込部を・・・形成した」ことを必須の構成要件とした本件考案とは、そのよって立つ技術思想を異にした別異の構成のものというほかはない。

第一物件において、面構造材の側縁が差込部に差し込まれた際に、圧着片が側縁に押されて、折込片、折返片とほぼ平行になるとしても、このことは、折込片と圧着片とによる素材の弾性挟持力を利用して面構造材を安定して挟持するという第一物件の構成から生ずる結果であり、本件考案の「折返片とほぼ平行にした折込片とにより横方向に開口する差込部を・・・形成した」構成から生じる結果ではないから、これをもって、第一物件が本件考案の構成を具備するものということはできない。

また、本件公報(甲第一号証)には、折返片の先端部分が差込部の開口部の略半分に至るまで略直角に折り曲げられた状態が図示されている(同号証図面第4図)が、本件考案の技術思想及びこれに基づく構成要件に鑑みれば、この折り曲げられた先端部分が、第一物件における圧着片と同じ機能を有するものと認めることはできず、したがって、圧着片を右先端部分と同じに折返片に付加された構成とみて、第一物件が本件考案を利用したものということもできない。

三  このように、本件考案と第一物件との間には、同じ課題を解決するに当たっての技術思想に相違が認められ、この技術思想の相違に基づき、少なくとも本件考案の構成要件Dに該当する構成を有しないことが明らかであるから、その技術的範囲に属するということができず、したがって、控訴人舩木が本件実用新案権に基づいて被控訴人に第一物件の使用を理由として損害賠償を請求することができないことは、その余につき論ずるまでもなく、明らかである。

第二控訴人らの本件意匠権に基づく請求について

原判決の理由の「二」の記載と同一であるから、これを引用する。

第三よって、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は正当であり、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野利秋 山下和明 芝田俊文)

第一物件目録

一、構造の説明

別紙イ号図面で示すように、

(a)左右に並ぶ面構造材3の継目部分の裏面に捨板1を添設し、該継目部分の表面にカバー10を被着するようにした面構造材3の連結装置において、

(b)面構造材3には上縁に係合部6を、下縁に係止部7を設け、

(c)捨板1には表面に平坦状部分8を形成するとともに下縁には面構造材3の係止部7内に嵌入する嵌入部5を設け、

(d)カバー10には左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片12と、該折込片12の先端から更に裏面側に折り返して折込片12とほぼ平行にした折返片13とにより横方向に開口する差込部14を左右に形成するとともに下縁には面構造材3の係止部7の外面に被着する嵌合部11を設け、

(e)面構造材3の継目部分の裏面に捨板1を添設してカバー10を被着した状態で捨板1の嵌入部5が面構造材3の係止部7内に嵌入され、

(f)カバー10の各差込部14内には各面構造材3の側縁が挿入されてカバー10の嵌合部11が面構造材3の係止部7の外面に被着され、

(g)カバー10の折返片13が捨板1の平坦状部分8に密接状になっている面構造材3の連結装置。

二、イ号図面の簡単な説明

第1図はカバーの一部を欠截して全体を分解した状態の斜視図、第2図は一方の面構造材を組立た状態の斜視図、第3図は左右の面構造材を組立た状態の斜視図、第4図は第3図IV~IV線の断面図、第5図は屋根として施工した場合の組み付け状態の断面図である

(イ)号図面

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